会えなくなった実の父親を探して興信所へ!人探しを依頼してよかった・・・

母と父は私が小学校三年生の時に離婚をしました。その後、母に引き取られ父とはそれっきり、会うことがありませんでした。
でも、成人してふと父を思い出すと微かな懐かしさが湧いてきて、会いたいと思い始めました。

でも、父が何処にいるのか私は知りませんでした。母は恐らく知っていたのでしょうけど、母に聞くわけには行きませんでした。
そこで私は興信所に話をしに行くことにしました。小さい頃の私と父が写っている写真を持って。

そして興信所で父のことを話し、写真を渡し書類を書いて父のことを探してもらえることになりました。
報酬はアルバイトで貯めたお金をつぎ込みました。父が見つかるまでは少し時間がかかりました。その間不安でいっぱいでした。

父が亡くなってたらどうしよう、など変な想像が膨らむばかりでした。そして興信所に頼んで2ヶ月程経った頃、興信所から私の携帯電話に連絡が来ました。
その内容は私の父親が見つかったとの連絡でした。

嬉しくて電話しながら号泣しました。興信所に行き詳しい話を聞きお礼を言って、その足で父のいる場所に向かいました。
父は思っているよりも近くに住んでいました。私の住んでいる街の2駅向こうに居たのです。

父は小さな工場で働いているようで、その工場に向かいました。工場の倉庫前で掃き掃除中の少し白髪の混じった髪の父がそこには居ました。
お父さんと大きな声で呼ぶと驚いた顔で父が振り返りました。

私をしばらく見て、自分の娘だと気づいた父は目に涙をいっぱいためてこちらに歩いて来てくれました。
その場で私の頭をクシャクシャと撫で抱きしめてくれました。二人で号泣しました。その後父は仕事に戻り私は夕方の5時にまた工場に訪れました。

その夜は父とお酒を飲みました。とても良いお酒でした。今まであった事など沢山話しました。一瞬にして小さい頃の記憶が蘇りました。
父とはほぼ10年会っていませんでした。父も私もとにかく自分の事について話しました。

知らなかった父を見れ私はすごく嬉しかった。その日を栄えに父の家には頻繁に遊びに行くようになりました。
今では父とはまるで男友達のような関係です。興信所に依頼して本当に良かったです。


初めての交番訪問。理由は母の家出

2013年秋のことですが、出産後で実家で世話になっており、そろそろ主人のところ(飛行機で1時間半の距離)に帰ろうとした矢先、実母と帰省のタイミングで揉め家出されました。

初孫が県外に行ってしまう寂しさ等色々な感情が爆発したがゆえの行動だったのですが、お昼にフラっと外出したきり夜の11時を過ぎても連絡もなく、携帯は電源を切っているので繋がらず。

ビジネスホテルか友人のところにでも泊まってくれればと思う反面、万が一事故に巻き込まれていたらと考えると心配だったので、家から1番近い大きな警察署に相談しました。

すると人探しだったら最寄の交番から警察官を行かせますよと親身に相談に乗ってくれました。

ただし、実家は集合住宅なので深夜にパトカーが止まっているのを誰かに見られると面倒だと思い、こちらから交番に出向きました。

交番で聞かれたのは母の名前、年齢、服装、所持品(カバンの形や色等)、体形等人探しに必要な基本になる情報です。

「有名人の誰かに似ている?」という質問が1番答えにくかったです。(そんな人いないので・・・)

今振り返ると写真の1枚でも持っていけばよかったのかもしれませんね。

聞いた情報を元に警察が市内の救急センター(事故等で搬送されているかもしれないから)やタクシー会社(タクシーで移動しているかもしれないから)に問い合わせてくれるのだそうです。

ホテルのフロント等に電話して該当する宿泊者がいないかどうかまではやらないそうです。

話を聞いてくれた警察官の方(50代後半)と雑談していると、一般人からの人探し要請は結構件数があるのだそうです。

認知症の方の捜索も件数としてはあるのですが、認知症の方は逆に迷子札を所有して行方不明になったりするので、気付いた周囲の方が通報してくれることもあるそうで逆に自らの意思でいなくなる人の方が探すのは大変だよと言われました。

母はそれから2日後に帰ってきて、交番には父から帰宅の報告とお礼をしてもらいました。

まさか母の家出で交番を利用することになるとは思いもよりませんでした。

こんな体験情けなくて友人知人に話すことが出来ません。

が、この体験談がどなたかの役に立つことを信じて投稿させていただきます。